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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)756号 決定 1981年2月03日

本籍

徳島市川内町鶴島二六〇番地

住居

神奈川県藤沢市辻堂元町四丁目一〇番一四号

会社役員

鈴木重信

大正二年一〇月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五五年三月一二日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人高芝利徳、同中野富次男の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 寺田治郎)

○昭和五五年(あ)第七五六号

上告趣意書

被告人鈴木重信

右の者に対する所得税法違反被告事件の上告趣意は、次のとおりである。

昭和五五年六月一二日

右被告人

弁護人 高芝利徳

同 中野富次男

最高裁判所 第三小法廷 御中

事実を誤認すると共に法律の解釈を誤り、よって被告人に重刑を科した第一審判決を全部容認し、被告人の控訴を棄却した原審判決は左の諸点につき、判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認、又は法律解釈の誤り並びに量刑の不当があるものとして破棄を免れない。

第一点 程久保、三沢地区の売買契約に関する事実誤認

一、被告人が昭和三七年五月二一日木崎物産株式会社に売渡した三沢程久保地区に関する売買契約(符号九、以下本項中本件契約という)は、団地造成用の土地として一個の契約により、二百十数筆の土地を一個の物として売渡すことを内容とする契約である旨控訴の趣旨で主張したのに対し、原審判決は「原判決挙示の各証拠によれば、本件土地取引の形態は、団地造成の目的で、多数筆に分かれてそれぞれ地主も異なり、山林、農地などからなる一定地域の広大な土地について、被告人がまず他人の土地の売買という形で、買受人である会社らに対しこれを売渡し、農地分も含めて予め代金を受領したのち、それぞれの地主と交渉して土地を各別に買取ったうえこれを買受人に引渡すというものであることが明らかである」、と住宅団地造成を目的とする一括売却である事実を認めつつも、「団地として造成することが目的であるということから、ただちに所論のいうように、被告人と買受人との間に一括して結ばれた一定地域の広大な土地の売買契約が、土地の全部を一個の物件として不可分に売渡すものであり、そのうち一筆でも地主から買取ることができない土地があれば取引の目的を全く達成することができず、契約全部が不履行になる性質のものと解することはできない」とし、その理由として

(イ) 現実に数多くの地主から多数筆におよぶすべての土地を残らず買取ることが如何に至難であるかは証拠上また経験則上も明白である。

(ロ) 農地については農地法所定の許可が得られないこともあり得る。

(ハ) 買受人としても、団地造成をめざし一定地域の多数筆におよぶ土地を一括して買受けることにしたといっても、右(イ)(ロ)のような事態が起り得ることを十分予測したうえで、被告人が買取ることのできた土地から順次手に入れてゆき、当面手に入らない土地については別途解決する余地もあることを考慮しつつ、実際には一定地域におよぶ広大な土地のうち相当量の土地を確保することができればそれなりの目的が達せられる。

(ニ) 多数筆におよぶ他人の土地を売買するとい形態の取引である以上、契約全体を一括不可分のものとしてとらえ、その一部にでも買取りのできない土地がある限り契約のすべてについていつまでも不履行の状態がつづくとみるのは合理的でなくあまりにも常識に反する。

と述べ、結論として「被告人と買受人との間では対象とした一定地域における多数筆の土地それぞれについての各別の売買が、便宜上まとめられてなされたものと認めるのが相当である」と結論して被告人の主張を排斥したが、これは全く本件契約の解釈を誤るものである。

二、即ち、原審判決も認める如く、本件契約は、単に対象地域内に含まれる相当量の多数筆土地の取得を目的とした契約ではなく、住宅団地(団地というには経済的に採算のとれる一定の広さが必要である)の造成(虫食いではできない)可能な一団の土地の取得を目的とするものである。特に買収土地の中に未買収土地が点在していては団地造成ができないので、本件契約は造成対象土地(やむなくばその一部でもいいが少なくとも進入道路に接した一団の土地)を洩れなく(周辺の土地は除かれてもやむを得ない)買収するために締結されたものと解すべく、又同契約の各条項の解釈に際しては、その目的が達成される如く解釈することが売主、買主両当事者の契約目的に合致する所以でもある。

しかるに原審判決の前項誤認定の各理由をみるに

(1) 先ず第一に前項(イ)に述べた契約土地全部を纒めて買取ることは至難であることは証拠上又経験則上も明白であるとする点については、この買取りに多大の時間、労力及び経費がかかることは弁護人もこれを認めるにやぶさかでないが、契約当事者は原審認定の如く当初から全部土地の買取りを至難と予想していたのではなく、双方とも事前の諸準備及び調査により完全履行が可能であるとの確信のもとに契約を締結したものである。蓋し、買主としては虫食的な土地しか取得できないときは、買収土地の利用方法がなく、資金をねかすことになるので、目的達成の確信なくしてはとても数億円(当時の数億は少なくとも今日の数十億円に相当する)の大金を支出することはできず、又売主としても履行できないときは、債務不履行の責を負い多大の損害金を支払わねばならないからである。

一方、我が法制も履行困難の故をもって他人の権利を売買する契約を特別契約と看做さず、売主はその権利を取得してこれを買主に移転する義務を負うと定めて(民法第六五〇条)売主に完全履行の義務を負わし、最高裁判所も「他人の権利を目的とする売買の売主が、その責に帰すべき事由によって該権利を取得してこれを買主に移転することができない場合には、買主に対し民法第五六一条但書の適用上、担保責任としての損害賠償の請求ができないときでも、なお債務不履行一般の規定に従って損害賠償を請求することができるものと解するのが相当である」と判示(昭和四〇年(オ)第二一〇号、昭和四一年九月八日第一小法廷判決、民集二〇巻一三二五頁)し、売主はきびしい債務不履行の責任を負うべきものとしている。

従って、第三者の土地を売買する本件契約に於ても、売主は完全履行の義務を負い、業者としての面目にかけても全土地を買取るべく専心履行に努め、又買主もこれを期待しているので、原審判決の如く一部履行不可能部分があることを予想して予め当面手に入らない土地については別途解決する余地もあることを考慮することは到底考えられず、(本件に於ては昭和四三年頃までは考えず買付に努力している)原審は結果から契約当事者の意思を推測するの誤を犯したものと云わざるを得ない。

(2) 前項(ロ)の農地については、農地法所定の許可が得られないこともあり得るとする点については、当事者は契約締結前に許可官庁に事前協議し、略々その内諾を得て契約に入るので許可についてもこれが得られることを確信しているが、本件の場合は万一の場合をおもんばかり、契約第九条に「本件土地の農地については農地法所定の許可が得られなかったときは、本契約は当然失効する」と定め、その場合には、契約全部が効力を失い、「売主は買主から受領した契約証拠金を直ちに買主に返戻しなければならない」と定めているのである。

(3) 次に前項(ハ)についてであるが、前述の如く売主は最終的には全部の土地の取得を期待し、先ず買い得た土地から順次買主に移転登記してゆくのであるが、長年に亘り売主が最善の努力をしても(即ち前記他人の権利の売買に関する最高裁の判例にある売主に過失なくして買受けできない場合)取得しえないことが明らかになった時点に於て、買主は所有権移転登記済の土地にて採算のとれる団地造成が可能かどうかを判断し、もし可能ならば周辺の未買収地につき別途の解決を考慮するが、買収目的を達し得ないと判断したときは契約第一〇条の特約に基づき本契約全体を解除することとなる。又農地転用が不許可となれば、これまた契約目的達成は不可能として契約八条に基づき全契約が当然失効することとなる。この点に関し原審判決は「実際には一定地域におよぶ広大な土地のうち相当量の土地を確保することができればそれなりの目的が達せられる」としているが、量もさることながら、その土地は進入道路に接する一団の土地であることを要し、仮に量は多くともその内に虫食い的に未買収地が点在する場合には、量の多寡に拘らず団地造成は明らかに不可能なれば、目的を達成したとは到底云い得ず、この点に関する原審判決の認定も本件契約の解釈に関し根本的な誤を犯している。

(4) 次に前項(ニ)の点であるが、売買契約の対象土地の全部を履行することは契約の効力に関する法律解釈上当然要求されるところであり、事実上も望ましいことである。当初は完全履行できる確信をもってスタートするも、後日不測の事態により一部の土地の買取りが困難を極めることもありうるが、宅地造成用の一団の土地の取得を目的とする以上、買収土地の中に未買収土地が点在すると造成できず、結局目的を達し得ないので売主は絶対必要土地については経済性を度外視して買取らざるを得なくなる。かくして団地造成が可能とならば団地周辺の未買収地については重要性が少ないのでその余の解決が考慮せられることとなる。もし造成上不可欠の土地の確保ができず、為に目的が達せられない場合には、買主は一括不可分の契約理論に基づきその債務不履行を理由に契約全体を解除して無用の土地をねかすという不利な立場からのがれる必要がある。もし原審認定の如く目的達成には枢要であるが契約の解釈上契約全体が債務不履行とはならないとするならば、既に登記済の部分については契約解除もできず、買主は各地に点在する用をなさない多数筆の土地を抱いたまま泣き寝いりするの外なく、又一方に於て売却単価は平均単価であるから、売主は苦労なくして安く買える土地のみ買取り、買主に登記し残余を放置すると一番儲かるという結果となり、逆って極めて不合理且つ経済的常識に反することとなる。

三、要するに原審判決は(イ)買収至難を理由に、法律上適法と認められ、且つ強制力を有する他人の権利の売買に関する本件契約の完全履行を当事者双方が期待し専心努力した事実を黙過し、ただ事後の結果から履行不能部分があるものと当事者が予測していたと誤解し、一方に於て農地転用不許可の場合、本件契約が当然失効する特約が明定せられていることを無視し、あまつさえ団地造成目的で虫食的土地取得では目的が達成できず特約に基づく契約解除もありうることを無視し、単に相当量の土地を取得すれば目的を達成し得ると認定した原審判決は前提に於て大いなる誤がある。

四、これらの点を綜合した場合、原審判決は契約土地の一部が買収不能のため、履行不能となるもこれは契約全体の債務不履行に該当せず「実際には一定地域におよぶ広大な土地のうち相当量の土地を確保することができればそれなりの目的は達せられる」と解し、契約は履行完了として終了するとする点に大いなる誤を犯していると云わざるを得ない。前述の如く進入道路に接する一団の土地でなければ如何に虫食的に相当量の土地を取得するも目的とする住宅団地の造成はできず、かくては莫大な資金を投じつつも無用の土地として放置せざるを得なくなるので、買主は当然の権利の行使としてこれらが売主の債務不履行に基づくときは、特約に基づき契約を解除し、もしこれが農転不許可に基づくときは、当然契約の失効の規定を発動し、自己の権利を擁護し得ると解すべきである。従って、本件契約を契約の目的からして一括不可分のものとしてとらえざるを得ず、原審認定の如く被告人と買受人との間では対象とした一定地域内における多数の土地それぞれについての各別の売買が便宜まとめられてなされたと認めることは到底許されない。

五、現実に於ても大規模団地造成用土地は、かかる契約により売買され然もその目的が達成されているのである。

この方法として、契約締結にあたり事前に地元の有力者又は有力団体(本件に於ては七生農業協同組合及びその組合長伊藤晴江、同参奉柏木康時ら)の協力を仰ぎ、部落毎に説明会を開催して、枢要地についての地主の売却同意をとりつけ、又一方に於ては農地転用を含む開発についての行政官庁の許認可関係(都市計画法、農地法等に基づくもの)については、監督官庁に事前協議し、事前内諾を得て契約を締結する。かくして締結せられた契約は、余程特別の事態が発生しない限り略々契約の目的を達成し得る程度に買収し得ること明らかである。

第二点 其の他の事実誤認又は法律解釈の誤並びに理由不備

一、不正行為の認定に関する事実誤認

被告人は各地主に支払った土地代金に関する支払調書等の作成に際し、それらの地主から買受けた土地の売先である会社等の名義で、しかもその金額を過少に記載した支払調書、同支払明細書等を作成して地主側に交付し、或は右会社等に税務署に対し地主から直接該土地を右の価格で買受けた旨申告するよう依頼した等の事実はなく、これらの書類は被告人の共同事業者小西作平が農協関係者、地主等の依頼に基づき作成交付し、又は会社等にその旨依頼したものであり、仮に被告人が右行為に干与していたとするも、これらの事実は所得の隠ぺい工作とは認められないので、これに基づき被告人の本件所得税過少申告額につき犯意を認定することは事実を誤認した違法があるとの主張に対し、原審判決は右書類の作成及び交付は被告人の指示に基づき従業員小西作平が作成交付したものであり、又右は不正行為の具体的方法を例示的に列挙判示しているにすぎず、且つ右の行為等は正に所得税過少申告額の全部についての詐欺不正行為にあたると判示した。しかしながら、これらの事実についての真実は正に弁護人らの主張のとおりであるので原審判決はこの点につき事実の認定を誤るものである。

二、所得税過少申告と同逋脱の犯意について

原審判決は「本件は虚偽過少申告による所得税の逋脱にかかる事案であるから、個々の取引に詐欺その他不正行為がなされたことを認定する必要はなく関係証拠によって被告人が昭和三六年、同三七年の両年にわたり真実の所得を隠ぺいし、それが課税対象になることを回避するため所得金額をことさらに過少に記載した内容虚偽の過少申告がなされた事実を認定できればよい」と述べ原審判決を維持した第一審判決挙示の犯意認定事実はこれを詐欺不正の事実となし得ないことは前項のとおりであるが、仮にこれにより犯意を認定できるとするも、本件の如き所得税逋脱犯についてはその逋脱額を特定する必要(昭和三八年一二月一二日最高裁第一小法廷判決)があるところ、過少申告額には単純過少申告と詐欺不正を伴う過少申告の双方が含まれるので、その区分を明らかにし犯罪を構成する逋脱額を特定するを要するものと解すべきである。しかして本件各年度につきこれを特定し他の単純不申告所得と区別するには、個々の取引についてはともかく如何なる理由により逋脱額が他の単純過少申告額と区別して特定されたかを認識し得る程度に判示すべきである。本件についてこれをみるに、財産計算法により算出された過少申告所得の全額がいとも簡単に詐欺不正を伴う過少申告所得と認定され、その詐欺不正の方法としては「地主らに対する土地代金の支払者を右会社らの名義にし、かつその金額を過少に記載した支払調書、支払明細書等を地主側に交付しあるいは右会社らに税務署に対し地主から直接土地を右価格で買受けた旨申告するように依頼するなどの不正行為により」とされているが、「等」に該当する不正行為は残念乍ら本件記録中にこれを見出し得ない。強いてこれを求めるときは、被告人が不動産事業に関する所得を記載しない申告書を提出したことが考えられるが、これとても税務署の教示等によりその不動産取引の大部分は厖大な土地の一括不可分取引なれば、この取引を完了した時に所得が発生するから、その時期(即ち早くとも農地転用が許可となったとき)を含む年度に所得を申告すべきものと考え、全く逋脱の意思なく不必要という考えのもとに申告から除外したにすぎないから、この事実をもって所得隠ぺい工作と認定することは許されない。然りとするなれば、第一審判決挙示の詐欺不正行為の外に隠ぺい工作はないこととなるので、これに関連する所得のみ犯意ありとさるべきであるのに、過少申告額全体につき犯意を認定した原判決は、犯意の認定につき事実を誤認したものか又は法律の解釈を誤るものである。

三、被告人が昭和三六年度に於て渡辺勇に売渡した三沢地区について

原審判決に述べる如く、契約書その他の書類が不備で書類上からその売買契約の一括不可分性を明らかにできないが、契約の実体は前記第一に詳述した三沢程久保地区と略々同一で、団地造成を目的として山林、農地を一括不可分的に売渡した契約であり、ただ山林と農地との平均単価が若干相違することと、売却地域が契約履行途中に於て拡大変更された点が異なるに過ぎない。従って取引の実体はまさしく住宅団地造成を目的とする一括不可分の契約と解さざるを得ず、この契約を個々の土地の売買契約の単なる集合契約と認定した原審判決はその事実の認定を誤るものである。

四、原審判決は、昭和三六年度、同昭和三七年度の修正貸借対照表の現金欄に何らの記載がなく零と認定計算されているのは、単に推定にとどまるもので、右の方法により所得を確定し両年度の所得を判示したのは判決に理由を付さない違法があるとの主張に対し、昭和三六年度の期首、期末、昭和三七年度の期首、期末にいずれも手持現金がなかったことを認定判示していることが明らかであり、この認定は記録にてらしても相当であると判示した。右の記載からして、右各期日に被告人が現金を所持していなかったことを認定しているとの点は正にそのとおりであるが、その認定が記録にてらしても相当であるとする点は経験則に反するものである。第一審判決にも明らかなとおり、被告人は年間数億円に及ぶ靴及び不動産の取引を営んでいたのであるから、右両年度の各期首、期末に現金を全然手持していなかったとすることは全く常識に反する。従ってこの点に関する原審の事実の認定及びその理由付けは違法であると云わねばさらない。

五、程久保、三沢地区の縄延び土地について

程久保、三沢地区の縄延び土地についてであるが、この縄延び土地とは同地区土地全体を一括実測した結果、縄延びと確定された公簿面積を越える二二、二四三坪で、被告人はこれを自己の所有地(被告人及び丸山缶男の名義に登記)として買主木崎物産株式会社に売渡し、その売却代金一一一、二一五、〇〇〇円を受領している。この土地は前述の如く程久保、三沢地区の山林、農地を含む全地域を一括して実測したので、その縄延び面積には、当然のこととして山林分の縄延びは勿論同地区内に含まれる農地八七筆二五、九〇一坪及び地目山林、現況農地六筆一、七三六坪の合計九三筆二七、六三七坪の縄延び分も含まれている。この農地の縄延び分はその元地である農地がこの年度の売上に計上でさない(転用許可がない)ので、当然同年度の売上から除外さるべきである。しかしてこの二二、二四三坪の内に農地分の縄延びがいくら含まれているかは明瞭でないから、疑わしきは被告人の利益による趣旨からその全坪数が、又少なくとも公簿面積で按分するものとすれば左の面積が含まれていることとなる。

<省略>

よって、右売却金額全額が公簿面積按分すべきものとすれば、右面積に坪当り金五、〇〇〇円の売却価格を乗じた金二八、〇六七、〇四五円が昭和三七年度の所得から減額さるべきであるのに、この主張を排斥し、その売却金額全額を所得とする第一審判決を是認した原審判決は事実の認定か又は法律の解釈を誤るものである。

六、被告人が広円寺から借地し木崎物産株式会社に転貸した土地(別冊七九頁)の売上計上は許されない。

即ち被告人は昭和三六年度中に木崎物産株式会社に対し金二一、五四九、〇〇〇円で右土地の借地権を譲渡し、その後である昭和三七年度中に広円寺との間に同土地につき借地契約を結び、金一一、〇七九、〇〇七円支払った。この二つの契約の締結及び金員の授受は行われたが、広円寺の契約締結代理人の地位に問題があり、被告人は広円寺から右土地の引渡を受けられず、従って木崎物産に対しても同土地を引渡していない。かかる状態の下に於ては、形式的には契約締結、及びそれに基づく金員の授受があるも、実質的には契約がないこととなるばかりでなく、又土地の引渡もないので権利は確定せず、右借地権の転売に伴う利益金一〇、四六九、九九三円は昭和三七年度の所得から減額さるべきである。しかるに原審判決は契約の締結、金員の授受があった以上、土地の引渡しはなくても権利は確定するとしその所得を認定しているので、この点につき、原審判決は事実を誤認したものか又は法律の解釈を誤るものと云わざるを得ない。

七、原審判決は昭和三六年中の江口寿三枝、平儀平、常盤庄五郎、田村鉄次、同三七年中の木村太郎、安藤一幸、小山弘、尾崎守男、松井正次分の各売上を認定したことは事実誤認であるとの主張に対し、第一審判決自体からは所論のような売上を認定したかどうか明らかでないのみならず、当審の弁護人の弁論にかんがみ、職権をもって記録を検討しても第一審判決にはその指摘する点にもとづく法令解釈の誤りないし事実の誤認があるとは認められないと判示した。しかしながら一件記録によれば、右各売上は右各年度の所得と認定されていること明らかであり、その所得計上は違法なれば原審認定はこの点につき事実を誤認したものか、又は法律の解釈を誤るものである。

第三点 所得計上時期に関する法律解釈の誤り

原審判決は第一に詳細した程久保、三沢地区の土地売買による所得の計上時期につき、誤った事実認定を前提としたため法の解釈を誤り、弁護人らの主張を排斥し第一審判決を維持した。しかしながら程久保、三沢地区の土地売買は前述のとおり宅地造成用土地の取得を目的として山林、農地を含む約十万坪に及ぶ広大な土地を一個の契約により一括不可分のものとして売買したこと明らかであるから、右土地売買についての同三七年当時の旧所得税法第九条第一項に規定する所得の認定は右事実認定の下に解釈さるべきで、結論としては同地区に含まれる農地についての農地法所定の転用許可があった昭和四三年度の所得とすべきものと解する。当時の所得税法第一〇条第一項に定められた「収入すべき金額の合計金額」は「収入すべき金額が確定した金額」であることが判例上確定しているところ、本件の如き特殊な契約形態の場合にはいつ収入すべき金額が確定すると解すべきか問題のあるところであるが、契約全体が農地転用許可なる官庁行為の動向に係り、不許可となれば全部が失効すると特約されているので、かかる事態がなくなった時、又一面、時間的にみても、その項までには山林の買取り範囲も略々確定し、買主としても同時期までの取得土地の状況により契約の目的を達し得るかどうかも判定できるので、爾後は契約の解除又は当然失効の事態も起り得なくなる農転許可時に権利が確定すると解するを相当とするものである。かく解してこそ、昭和四〇年九月八日付最高裁判所第二小法廷の判例の趣旨は勿論、国税庁の定める所得税法基本通達、並びに損益対応の会計原則を矛盾なく統一的に解釈できるものと解する。しかしてこの解釈は近時一般に行われている大規模土地開発の前提となる宏大な土地の取得、所謂「地上げ」に関する所得税、又は法人税の申告につき、各税務官庁が指導している税務指導とも合致し得るものである。

尚このことは、被告人が昭和三六年度において略々同様の契約により渡辺勇に売渡した三沢地区の土地売買についてもあてはまるものである。

尚本件に関し、原審判決又は第一審判決は被告人側の言葉尻をとらえ、契約土地の内一筆たりとも未履行の場合に、契約全体が未履行となり、何時迄も所得計上時期が到来しないとするのは不合理であるかの如き口吻をもらしているが、弁護人らはかかる極端論を唱えるつもりは更にないことを付言する。

第四点 量刑の不当について

原審判決は諸般の事情を考慮してもなお、第一審判決の量刑は相当であるとして、弁護人らの量刑不当の主張を排斥した。弁護人らは被告人は本件につき無罪を確信するものであるが、仮に有罪となるとするならば、左の理由によりその刑は軽減されるべきであると信ずる。

(1) 本件は事案として租税法上極めて難しい解釈問題を包蔵し、専門家をもってするもその判断を迷う程である。被告人は不動産業の所得の申告につき税務署等に尋ね、申告時期未到来であるとの教示を受け申告しなかったものなれば、この点について被告人に極刑を科するのは酷である。

(2) 既に本件にかかる課税額の内、本税分は全額支払済である。

(3) 被告人は齢既に六十を過ぎており、又不動産業を止めているので、再犯の虞はなく、又改悛の情も顕著である。

第五点 其の他

一、本件に関する原審判決の事実認定をみると、論旨第二の二についての項において、「すべての土地を残らず買取ることがいかに至難であるかは」「多くの土地の中には買受入に対し履行できなくなるものが出ることは当然予想されるところであり」「一方買受人としても、右のような事態が起ることを充分予測したうえで」「当然手に入らない土地については別途解決する余地もあることを考慮しつつ」「いつまでも不履行の状態がつづくとみるのは合理的でなく、あまりにも常識に反するといわなければならない」「各別の売買が便宜上まとめられてなされたものと認めるのが相当である」等の不確定な文言が所々に使用せられ、結論的には被告人に不利な事実が断定的に認定せられている。民事裁判の判決ならば、挙証責任の関係で、かかる曖昧な認定をもとに結論を導き出すこともやむを得ないが、本件は刑事事件であり、「事実は小説より奇なり」と云われる如く、世間の事実は一般人の常識では考えられないこと、極めて不合理なことが本当に数多く存在する。これを法律家の合理性や常識で判断且つ推定し、かかることはあり得ないから「被告人は嘘をついている」「事実はこうだ」と認定することは刑事事件の事実認定につき「疑わしきは被告人の利益に従う」とする法格言に違背し許されないところである。最高裁判所におかれては原審判決に多々含まれるこれらの曖昧点については、右格言の趣旨に従い被告人の利益となるよう解釈し公正な御判決を賜りたい。

二、原審判決は論旨第五の一についての項において、「所論のいう農地対応部分というのが何を意味し、現実にどの部分にあたるというのか明確でないうえ、その部分についてなぜ売上計上できないというのか理論上も理解しがたい」と述べ、又論旨第五の二についての項において、「原判決自体からは所論のような売上を認定したかどうか明らかでないのみならず」と述べている。

本件は昭和五一年七月六日控訴の申立をしたところ、爾後昭和五五年二月六日まで約三年半の間非開廷のまま放置せられ、同日開廷するや、弁護人の反対を押し切って即日結審となったものであるが、右の如き不明部分があるなら釈明をして審理を尽して結審すべきであるのに、弁論再開もなくかかる判決となった。本件は昭和四〇年の起訴であり審理が遅れていることはこれを認めるが、もう少し審理を尽す必要があるものと考えられ、この点原審判決は審理不尽であると云わざるを得ない。

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